昭和元禄落語心中-助六再び篇- 第十二話

時が流れても、というお話。
最終回だと言うのに爆弾を仕込んでくれまして、…信之助は初登場時から約もの面影もあるよなぁと考えていたのですが、親分も良い男でしたから詮索しなかったのですが。
まあそれは永遠の謎で問題ございませんし、人間は出自ではないですからね。
登場している噺家もその周囲の人々も弱かったり見難かったり、それでいて強く美しく生きている。人間なんてそんなものでございます。
そうした人間が語り紡ぐ落語だからこそ、人の心を満たしてくれる演芸であり、「なくなるはずがない」ということなのでしょう。
助六は八雲に、信之助は菊比古に。
時が流れ名前は受け継がれ、そして明日もどこかで落語は語り継がれていることでしょう。
最近の作品としては珍しく完結して下さいまして、作品というものはこうでなくてはいけません。余韻とは終わったところから始まるものですから、終わらない物語はその点で損をしているかと。
そしてこの地味な内容を映像化しようと考えた製作陣の慧眼、映像として成立させてくれた制作陣、キャラクターに渾身の演技で命を吹き込んでくれた声優陣。
どのパートの方々も力を出し切ってくれたことは視聴していれば理解できましたし、この時代にこういった作品に出会えた幸せに感謝しております。
本作を視聴しますとまだまだアニメするに値するジャンルは埋もれている。そんなことを考えさせられた作品でございました。