戦う司書The Book of Bantorra

「もやもや」の正体を探る旅、再開(笑)
この作品にとってこの終わり方以外考えられなかったでしょうし、それはそれで拍手を贈りたいと思います。ただ、それとは全く違う感想を抱いたことも事実でございます。
ハミュッツの最終的な目的は「ルルタを倒して世界を守る」というものであった。これまでの彼女の行動は全て韜晦であり、実は誰よりも彼女はこの世界を愛していた。ハミュッツとはそういう女であったのだ。
武装司書を「本」としてルルタの腹の中に送り込むために、あえて非情な行いもしてきた。自ら手を下して殺した者もいたが、それもこれも全てこの日のためであった。そしてこの世界を救ったと同時に自らの存在理由を失いもしたが、その罪はヴォルケンの腕の中で息絶えることにより許されたのだと私には見えました。
ああそうか、私にとってハミュッツはそんなキャラじゃなかったから違和感を感じてしまったのだと今分かった(笑)
目的のためなら何だってする、他人にどう思われようと関係ない。人を殺す事であっても躊躇わない。それが彼女だと思っていたから、最後の最後に「世界を救う」ように見えてしまったことが、私の「もやもや」の原因だったのかもしれません。
目的はあくまで「ルルタを倒す」ことで、そのために利用できるものは何でも利用する。別に「世界」なんて私にはどうでもいいこと、お前等私の踏み台になりな!ときて、全てが終わった後も謝罪もなく、むしろ「私のために働けたことを感謝しな」ぐらいの終わり方であれば(多分)納得、と申しますか腑に落ちたと思います。
最終回に至るまでのハミュッツの描写であれば、そういう終わり方のほうが彼女らしかった、と。
仮に彼女が最終回に至るまでに、自分のしようとしている事に恐れ戦く描写や、その罪の重さに苦悩する様がもう少し丁寧に描かれていたのなら今回の終わり方は納得だったのですが、それはそれでハミュッツという悪漢キャラの存在感がありませんしね。
「許し」も「和解」も「救い」もハミュッツには必要ないんじゃないかと。それは直接描く事ではなくて「行間」を読ませ、長いシリーズを観てきた視聴者に任せるべきではなかったのか、と。
「ハミュッツ・メセタ」という実に魅力的な悪漢キャラを作ったのに、最後に来て「物語」を優先させるために登場人物の「性格付け」を曲げてしまった。私にはそう見えてしまい「もやもや」が発生したようです。
もっともキャラを優先してしまい物語が破綻してしまえば、それはそれで本末転倒なのでしょうが。なんでもかんでも「丸く収まるお話」である必要はないよね、というのが本作への最終的な私の感想でございます。