大正野球娘。 第11話『そゞろに胸の打ち騒ぐ』

 いよいよ朝香中学と桜花会の試合が始まった!プレイボール!!
 スポーツ映画では最後のシークエンスは試合場面と決まっておりますが、これはグランドフィナーレのようなものでこの場面自体にたいした意味はないと考えております。最後の試合場面に至る過程こそが重要で、そこまでの過程があったからこそ試合場面が盛り上がるのだろう、と。
 もちろんその試合場面にも色々仕掛けは必要でしょうし、盛り上がりもございます。が、そこで得られるカタルシスの大半は試合前に仕込まれていなければ意味がありません。そこまでで得たもの失ったもの、何を賭けてその試合に臨むのかによって私たちは試合場面に惹き付けられるのだと信じております。
 朝香中との試合は晶子だけが望んだもので、他のメンバーにしてみれば被害者(笑)でしかありませんでした。小梅などは「なんでもいいからうんと言って」と、半ば騙されて巻き込まれたに過ぎませんでしたが、では彼女には賭けるものも何も無かったかといえばそうではなく、今回父親と喧嘩した後自分の掌を見るとそこには多くのマメがございました。
 それは彼女が自分で作った努力の象徴でございます。嫌な事だからと適当に練習をしたのではできはしない立派なマメなのです。多くを語らせずたった1カット掌を見せただけで小梅が試合に参加する資格があることを見せた見事なカットでございます。
 本当であれば、桜花会のメンバー一人一人にこうしたエピソードを用意したかっただろうと思いますが、残念ながら本作は次回で最終回、その時間はございませんでした。ですが小梅が「例」だと考えれば他のメンバーを描かなくても良いのかもしれません。本来「例」はひとつだけで全てを代表するのですから問題はありません。きっと他のメンバーも小梅同様色々なものを背負って試合に臨むのでしょう。
 すんなりと試合に入るかと思いきや、最後にもうひとつ障害が用意されておりました。そうでした、彼女たちは自分の意志だけでは試合する事すらできない時代の女の子たちでしたね。でもその障害を突破するのも意志の力しかないのだと、監督さんの最後の念押しでございました。
 幸先の良いスタートでしたが暗雲を予感させながら以下次回ですか、イケズ(笑) 最終回は見事なカタルシスが用意されていることは確信しておりますが、やはりその内容は重要ですよねー(書いていることが上とは違うな・・・)