電脳コイル『金沢市はざま交差点』

コイルスの資料によると、ヌルキャリアははじめ、心のかけらを集める探査装置だったそうです。
 ED削っても収まりきれなかったボリュームに、「尺がっ!」という監督の悲鳴が聞こえてきそうな25話でございました。NHKで放送するのですからもう2・3回延長戦があっても良かったようにも思いますが、販売サイドとしてはそうもいかないのでしょうね。しかし以前のように再放送枠というものが消失しているような状態でしたら、「2クール」などという規格にはさして意味がないようにも思えます。
 さて、ギリギリ放送時間を使ってとにかく大元の謎の答えは提示されました。「4423」とはイサコの兄・天沢信彦のことではなく、イサコ自身のカルテ番号であり、「4423」を名乗った少年はイサコの電脳治療空間(?)のナビゲーター(的確な言葉が見つかりませんので便宜上こう書きます)若しくは治療装置のイメージということで宜しいでしょうか?そして本来であれば部外者であるヤサコがその空間に入れたのは、ヤサコがイマーゴを持っていて尚且つ「デンスケ」を連れていたから、と。・・・誤解している部分もありそうです(笑)
 もっとも私はこの作品を「少年少女たちの少し不思議な日常の描写」に注目していましたので、そうした「電脳世界の難しい用語」ですとか「謎」についてはだいぶ前に投げ出しておりました。どうも私の脳みそは「専門用語」が出てくるとフリーズしてしまうようで、作品の魅力の何割かは損をしているとは思うのですが、こればかりは「体質」ですから仕方ありませんね。
 猫目が「4423」にこだわる理由と、イサコをその空間に止めておかなければならなかった理由も判明。イサコをあの空間に止めておかなければ最後のコイルスの空間の維持ができず、それができなければコイルス社とメガマス社の不正を糾弾できないから。ただし、猫目の動機はあくまでも復讐で、正義感から生じたものではない、と。
 他にも金沢時代のヤサコの「弱さ」の件もありました。時間的にはほんの僅かしかありませんでしたが、実は重要な部分だったと思います。勇気を出せなかったために失った信頼と友情。そして今回は逃げるわけにはいかないと決意するヤサコ。失敗することは誰にでもありますが、失敗を繰り返さないことが大事なのだという描写だと思うのですが、この部分だけで1エピソード必要ですよね?「尺がっ!」(ry
 猫目の台詞もはじけておりました(笑) 「あばずれ」ですとか「そのくたびれたポンコツに性能の差を思い知らさせてやる」「この旧式がっ!」・・・えーと、どこのガンダム(笑)でしょうかしら。この辺のダイアローグは絶対狙ってます(誰を?)シリアスなシーンでしたが不覚にも笑ってしまいました。
 ひとつひとつのシーンが濃厚な今回でしたが、今回のMVPは最後のサッチー、「タマ」しかおりません。ヤサコの電脳体を包み込んで飛翔するシーン、対「2.0」との空中戦の作画は、今回の白眉でございました。このシーンがありませんと今回は盛り上がりに欠けていたことでしょう。スタッフの力量が証明された素晴らしいアニメーションでした。
 動きもさることながらヤサコを守り、傷つき限界を悟った「タマ」がヤサコを優しく取り出し「2.0」に特攻をかける場面は涙なくして観れません!この時の「タマ」の行為はプログラム(たとえば「電脳体」を守れという命令だけならその後の行動は余分)だけでは説明がつかないように見えました。いえ、単に私が「有機体とプログラムの間にも心は通じる」と信じたいだけなのかもしれません。でもそうでなければデンパにおける「クビナガ」、ダイチの「魚型イリーガル」「ヒゲ型イリーガル」の時の意味がないように思えてしまいますから。これはこの作品のテーマのひとつ「手に触れられないものは本物じゃないの?」の回答のひとつだと思います。
 ですから私は「タマ」がヤサコを守るために己の身を犠牲にしたのだと信じていようと思います。