ギルティクラウン phase20『追想-a diary-』

ハルカから「桜満クロスの日記」がシュウに渡されて、現在の事態に至る過去が語られたお話。
…「半径5メートルの人間関係」と申しますか「4畳半の世界」と申しましょうか、実に狭い範囲の人間関係のもつれが因縁になっていて、そしてまた手の届く範囲の人間関係で世界を賭けて争う作品だったようです。
この「狭さ」は悪いことではございませんで、「名作」と呼ばれる創作物の多くにそうした傾向を見つけることができますし、「何を描きたいのか」という命題に「人」と答えるのなら、その「狭さ」は濃密な人間関係を描くための武器になるでしょうからね。
クロスと茎道修一郎の友情と嫉妬から始まり、クロスの娘と息子にその因縁が引き継がれる。そして茎道の欲望の終着点としてのガイの存在や、真名の分身(「入れ物」の方が正しいのかな?どうも彼女の存在だけが今一つ整理しきれておりませんw)のいのりがそれに絡むのですから、もっと濃密な愛憎劇に出来たんじゃないかと考えたりしております。
ただ一方で、作品の重要な要素に「世界を救う」というものがありますと、狭い範囲の人間たちだけで作劇されちゃいますと途端に世界が色褪せて見えてしまいまして、本作の場合折角「GHQ」ですとか「国連」といった外部勢力を登場させていたのに活かしきれていないように感じてしまうのでございました。
世界との関わりあいの中でシュウが何を選んだのかといった内容であったのなら、ここへ来て悟りを開いたかのように全てを許し受け入れた彼の言動を素直に受け入れられたハズなのですが、…う〜ん。
まだ2話ございますので、こういった疑問にも答えてくれる終わり方を期待しております。