ソードアート・オンライン #25(終)『世界の種子』

キリトとアスナが現実世界へ帰還してきてのお話。
作画や演出といったアニメーション自体には全く不満のない作品でございまして、最終回の今回もキリトとリーファの「フェアリーダンス」には感動させて頂きました。
ただおっさん世代といたしましてはどうしても「ネットの世界もリアルも同じである」といった若い方の考え方に承服しかねるものがございまして、そこがノリきれなかった原因でございました、…おっさん世代と書きましたがあくまでおっさんの個人的感覚の問題ですね。
最終的にキリトはまたネットの世界の中に繋がりや仲間を求めておりましたし、多分彼はそれを信じているのでございましょう。まあああした経験をしたのですからそれを否定するつもりはございません。あの世界の中で築いた人間関係は現実に戻って来ても継続していたのですから、リアルも仮想も同じじゃないかと彼が(多分作者が、なのでしょうが)考えても不思議はない。
でもそこには「温かさ」が欠如している。キリトが病室でアスナを抱きしめた時感じたはずの、そして兄妹が手をとりあって踊った時に感じられなかったものがあったはずなのでございます。
人間関係は築くことは出来ても到底たどり着くことのできないものがあるのではないか。
だからおっさんといたしましては全てが終わったキリトくんには現実世界を歩く姿で終わらせて頂きたかったのでございます。今度は現実の世界で戦って頂きたかったのでございます。電脳世界のようにはっきりとした勝ち負けはつきませんが、それでも戦っていかなければならない世界を見つめて欲しかったのでございます。
まあそういう作品じゃないと言われればその通りなのでしょうし、これからの世界にはこういう考え方の方が常識となることも理解しつつ、旧世代といたしましてはそういった事を感じさせていただいたと書いて感想にかえさせて頂きます。